ラダックの鳥

ラダックの鳥

2016年3月20日日曜日

思い込みはひらひらと

自分に対する思い込みって、
ふんわりしていて普段は捉えどころがないように感じるが、
そのふんわりを見てみると、胸の辺りが少しキュッとなる感じがする。
そしてそれを感じることで、自分の胸の辺りがキュッとなるものを
いつも身の回りにまとっているんだ、と気がつく。

思い込みにもプラスのものとマイナスのものがある、
と書こうとしたが
本当にプラスとマイナスがあるだろうか?
なんだか、それはプラスもマイナス(又はポジティブとネガティブ)もなく、ただそこにある、という感じがしてきた。 

自分以外への思い込みも、自分を通してそのものへ反応して思い込んでいるのだから
結局は自分への思い込みとなると思う。

思い込みは、体験から作られる。
体験したことへの認識の仕方と受け入れ方。

その認識の仕方や受け入れ方はまた、色々なものに条件づけられているし、
 (色々なものって例えば、お母さんのお腹の中にいた時の環境から、育った家庭の環境、文化の環境、など等など。)
すでにある自分の思い込みにも影響を受けている。

そうやって複雑に絡み合って出来上がったもの。
そして、気がつかないとそれに翻弄されてしまう。

でも、静かにそれを見つめていると、
それはまるで風が吹くとひらひらとしている
布のように思えてくる。
自分が纏っている薄皮のようなもの。
いろいろ重ね着してたんだ。してるんだ。

それは自分そのものじゃなくて、自分のまわりでひらひらしているだけのもの。
あとは自分の自由なんだ、きっと。





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