ラダックの鳥

ラダックの鳥

2017年2月14日火曜日

そうさそうさ

 
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明るい日差しの中では弱く見える光も、確実に光を放っている。胸の内に灯った謎という光は本当は消すことなどできないのだ。ただ、実感できる秩序や価値観や常識といった明確な理由や根拠のほうが強く見えてしまうので、自信が持てなくなる。
諦めるとは、抱いた謎をすっかり手放し、忘れることだと思っていたが、謎というのは捕まったら決して自分から手放すことはできないし、忘れ去ることもできない。忘却はただ謎を沈潜させてしまっただけで、いずれかの機会で必ず浮上してくる。
なぜかと言えば、その謎は、自分が現に生きていることそのものから露出したものだからだ。謎を捨て去るとは、生きることを止めるに等しい。生きながら生きることは止められない。だから沈めてしまった謎は、生きようとする限り、浮かび上がってくる。
 尹 雄大(ユン ウンデ)「体の知性を取り戻す」より   ***

そうさそうさ その通り !
謎に思うのも、
謎の答えも きっと
自分の本質の一部だよ
イェー

本棚からもらったメッセージ、書いておこ。

2016年3月20日日曜日

思い込みはひらひらと

自分に対する思い込みって、
ふんわりしていて普段は捉えどころがないように感じるが、
そのふんわりを見てみると、胸の辺りが少しキュッとなる感じがする。
そしてそれを感じることで、自分の胸の辺りがキュッとなるものを
いつも身の回りにまとっているんだ、と気がつく。

思い込みにもプラスのものとマイナスのものがある、
と書こうとしたが
本当にプラスとマイナスがあるだろうか?
なんだか、それはプラスもマイナス(又はポジティブとネガティブ)もなく、ただそこにある、という感じがしてきた。 

自分以外への思い込みも、自分を通してそのものへ反応して思い込んでいるのだから
結局は自分への思い込みとなると思う。

思い込みは、体験から作られる。
体験したことへの認識の仕方と受け入れ方。

その認識の仕方や受け入れ方はまた、色々なものに条件づけられているし、
 (色々なものって例えば、お母さんのお腹の中にいた時の環境から、育った家庭の環境、文化の環境、など等など。)
すでにある自分の思い込みにも影響を受けている。

そうやって複雑に絡み合って出来上がったもの。
そして、気がつかないとそれに翻弄されてしまう。

でも、静かにそれを見つめていると、
それはまるで風が吹くとひらひらとしている
布のように思えてくる。
自分が纏っている薄皮のようなもの。
いろいろ重ね着してたんだ。してるんだ。

それは自分そのものじゃなくて、自分のまわりでひらひらしているだけのもの。
あとは自分の自由なんだ、きっと。





2015年8月25日火曜日

2015年8月24日月曜日

すべてのものは

同じように見えて刻々と変化している。
自分も、まわりの人も。
今この瞬間の真実がある。

そういうこと、尊重したい、私から。


「魂のことは、外側からはわからない」
と、クラニオの先生の言葉。
アシスタント参加させてもらっているクラスで。


家族の間でそういう視点があったら、
きっとお互いのスペースが広がって楽〜になるだろう、な。




2015年6月15日月曜日

リソース

ダイアログ&インクワイリーの4日間のコースが終わった。
コースは終わっても、プロセスは続くよどこまでも。

たくさんの気付きがあったけど、
改めてクラニオのすごさを実感した。

コースの間、心がヒリヒリ痛い時、苦しい時、自分の背後にはリソースの光があった。
自分の源。

クラニオでは、そこに肉体の感覚を持って浸っていける。
そのことのすごさ。

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この文は4ヶ月程前に書いたもので「下書き」になっていたものを、今日少し加筆訂正して投稿しました。
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今日、iphoneで久しぶりにこのブログを開いてみたら、
以前の記事に貼付けたyoutubeの動画がなくなっていた。
のでmacで見てみたら、あった。
どうなったんだろう?

先日、とある薬局のテレビから「世界の車窓から」の映像が流れていた。
その回はLeidenというオランダの街だった。

駅のホームに人と一緒に犬が2匹歩いている。

そして、、列車に人と一緒に普通に乗り込んだ。

その光景がとても とても 素晴らしかった。

その一瞬の映像から、
その街での犬と人の関係と生活ぶりが想像できるようだった。


いつか、そんなところに、住んでみたい。